Mercedes Story
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いかにしてシルバー・アロー伝説は生まれたか
メルセデス・ベンツだけではなく、自動車の歴史を語るときに決して欠かすことのできない要素、それはモータースポーツです。

多くの方は、一般乗用車とレーシングカーを、安全性とスピードの面からまったく相反する乗り物と認識さているのではないでしょうか? けれど、レーシングカーの進歩は、乗用車の発達に重要な役割を果たしてきました。モータースポーツの世界で実用化された多くの技術は、現在の乗用車にまで受け継がれ、モータースポーツにまつわる数多くのエピソードは、自動車メーカーやブランドに伝統という奥行きを加えているのです。

もちろん、100年におよぶメルセデス・ベンツのレース活動においても、いくつもの有名なエピソードが残されています。なかでもひときわ輝く象徴的なストーリーが、メルセデス・ファクトリーチームにまつわる“シルバー・アロー”伝説です。

モータースポーツファンはよくご存知と思いますが、そう、シルバー・アローとはメルセデス・ベンツのレーシングカーを象徴する伝統の呼称です。シルバー・アローの名前が生まれ、その名が伝説を生むまで高められたのは、現代のF1グランプリが始まる1950年代よりもまだ前のこと。グランプリドライバーが、スポーツマンである以上に、冒険者的な英雄として尊敬を受けていた1930年代まで遡ります。

メルセデスのファクトリー・レーシングチームが、初めてシルバー・アローと呼ばれることになったのは、最大重量750キログラムという、グランプリカーの新しい車両規定がスタートした1934年でした。恐慌の影響を受けた3年のレース活動中断期間を経て、必勝を期したメルセデスチームが送り出したレーシングカーは、3.4リッターの直列8気筒エンジンをスーパーチャージャーで過給し、最高出力345馬力と時速300キロの最高速度を誇るモデル名“W25”。斬新な流線形のアルミボディを採用した、当時もっとも先進的なレーシングカーでした。

ところが、デビューレースとなった6月の国際アイフェル・レースは、メルセデスチームにとってかなりドラマチックな展開となりました。チームのだれもがW25の性能に大きな自信を持っていましたが、思いもよらないところで重要な問題が露呈したのです。

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メルセデスW25「シルバーアロー」/1934

メルセデスW25「シルバー・アロー」/1934
最初のシルバー・アロー“メルセデスW25”(1934)。最高時速は300km/h以上
メルセデス・チームの監督、アルフレート・ノイバウア
 
 
1930年代のメルセデス・チーム

1930年代のメルセデス・チーム
無敵のシルバー・アロー伝説を築いた'30年代のメルセデス・ファクトリーチーム



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